++Diary++
その時その時嵌まっているゲーム、アニメ、漫画語りや、日常のグダグダをたらりたらり、もたりもたりと。
夏コミの翌日あたりから、
じゃんぷぷらすアプリで期間限定公開されている
『イノサン』という漫画を読み始めています。
この漫画、圧倒的に緻密な筆致が美しく、前々から知ってはいたのですが、
あらすじを読むと、難しそうだな…と思い手伸ばし仕舞いで。
ほほう、と軽い気持ちで読み始めました。
結果、物凄く深くて色々考えさせられます。
ルイ15世時代の、死刑執行人の苦悩と葛藤を描いた作品です。
なお、拷問シーンや処刑シーンがあり、とても惨いしグロいので苦手な方にはお勧め致しかねます。
管理人は割と耐性がある方だと思っていたのですが、あまりにも生々しくて途中ガチで具合が悪くなりました。
その当時は様々な処刑方があり、当初は単純にギロチンぐらいしか思いつかなかったのですが、読んでみると八つ裂きの刑とか、車裂きの刑とか、身の毛もよだつ方法がごまんとあって。
なお、ただの豆知識ですが、処刑方で比較的知られているギロチン。一見残酷そうですが、これは寧ろ、処刑される人が長く苦しむことなく息絶えられるようにと考案された処刑方です。
死刑執行人はお上の命令で言われた通りの方法で犯罪人を処刑するしかないのですが、それでもわずかでも犯罪人が早く苦しみから解放されるよう、知恵を尽くしていて。
今まで管理人は恥ずかしながら、死刑執行人の気持ちに思いを馳せた事が無かったのですが、冷静に考えたら、普通の神経を持った人間が、いくら命令とはいえ何人もの人を殺さなければならないという事は、どれほど辛く、怖く、それこそ頭がおかしくなっても何ら不思議はないのではないかと。その苦悩はとても想像で推し量ることは出来ませんが。
イノサンを読んでとても恐ろしいと感じたのは、
”公開処刑を見るために、多くの民衆が押し寄せ、それを娯楽としていた”
という事です。
同じ人間が殺されるのを、何故娯楽として楽しんでいたのか。
何故それを楽しいと思えるのか。
人間の本質とはかくも残酷なものなのか。
我々も同じ境遇に立たされたらやはりそれを娯楽としてしまうのか。
それ以上考えてしまうと人間に嫌気が差してしまいそうなので、
娯楽の無い、抑制された時代は本当に人間の頭がおかしくなるのだな、
今の時代に生まれて本当に良かったな、
と帰結しておきます。
昔から、不思議で仕方がないのです。
何故人間が、同じ人間にこれほどまでに惨い事を出来るのか。
惨い処罰を下すことができたのか。
今思うと、よくあんな恐ろしいのを読んでいたな、と思うのですが、学生時代、この何故?を知りたくて、拷問の本や、残虐者について記された本を読みふけっていた時期があって。
おつむが悪いのでもうほとんど覚えていないのですが、覚えている名前は
イヴァン雷帝、
ジル・ド・レー、
サド侯爵、
ヴラド・ツェペシュ(串刺し公)、
あたりです。
女の人もいたのですが…名前が思い出せず…。なんかすごい女の人が2人いたんだよな…。
結局本を読んでも何故人はこれほどまでに惨い事が出来るのか?という答えは出ませんでしたが、
為政者であってもなくても、過去現実に行われていたこのような惨い事を決して繰り返してはいけないし、行われていたという事実は重く受け止め、よりよい人間になるよう私達は前に進んでいかなければならないんだと思います。
人間は進化し続けます。
それが誤った方向で無いよう、常に我々は考えることを辞めてはならない。
大きな事はわからないけれど、
私たち一人一人が出来る小さなことは、
相手の気持ちになって考えてみる、という事なのではないでしょうか。
そうすればきっと、人間は少し優しくなれる。
取り留めもない話になってしまいすみません。
お読みいただきありがとうございました。
じゃんぷぷらすアプリで期間限定公開されている
『イノサン』という漫画を読み始めています。
この漫画、圧倒的に緻密な筆致が美しく、前々から知ってはいたのですが、
あらすじを読むと、難しそうだな…と思い手伸ばし仕舞いで。
ほほう、と軽い気持ちで読み始めました。
結果、物凄く深くて色々考えさせられます。
ルイ15世時代の、死刑執行人の苦悩と葛藤を描いた作品です。
なお、拷問シーンや処刑シーンがあり、とても惨いしグロいので苦手な方にはお勧め致しかねます。
管理人は割と耐性がある方だと思っていたのですが、あまりにも生々しくて途中ガチで具合が悪くなりました。
その当時は様々な処刑方があり、当初は単純にギロチンぐらいしか思いつかなかったのですが、読んでみると八つ裂きの刑とか、車裂きの刑とか、身の毛もよだつ方法がごまんとあって。
なお、ただの豆知識ですが、処刑方で比較的知られているギロチン。一見残酷そうですが、これは寧ろ、処刑される人が長く苦しむことなく息絶えられるようにと考案された処刑方です。
死刑執行人はお上の命令で言われた通りの方法で犯罪人を処刑するしかないのですが、それでもわずかでも犯罪人が早く苦しみから解放されるよう、知恵を尽くしていて。
今まで管理人は恥ずかしながら、死刑執行人の気持ちに思いを馳せた事が無かったのですが、冷静に考えたら、普通の神経を持った人間が、いくら命令とはいえ何人もの人を殺さなければならないという事は、どれほど辛く、怖く、それこそ頭がおかしくなっても何ら不思議はないのではないかと。その苦悩はとても想像で推し量ることは出来ませんが。
イノサンを読んでとても恐ろしいと感じたのは、
”公開処刑を見るために、多くの民衆が押し寄せ、それを娯楽としていた”
という事です。
同じ人間が殺されるのを、何故娯楽として楽しんでいたのか。
何故それを楽しいと思えるのか。
人間の本質とはかくも残酷なものなのか。
我々も同じ境遇に立たされたらやはりそれを娯楽としてしまうのか。
それ以上考えてしまうと人間に嫌気が差してしまいそうなので、
娯楽の無い、抑制された時代は本当に人間の頭がおかしくなるのだな、
今の時代に生まれて本当に良かったな、
と帰結しておきます。
昔から、不思議で仕方がないのです。
何故人間が、同じ人間にこれほどまでに惨い事を出来るのか。
惨い処罰を下すことができたのか。
今思うと、よくあんな恐ろしいのを読んでいたな、と思うのですが、学生時代、この何故?を知りたくて、拷問の本や、残虐者について記された本を読みふけっていた時期があって。
おつむが悪いのでもうほとんど覚えていないのですが、覚えている名前は
イヴァン雷帝、
ジル・ド・レー、
サド侯爵、
ヴラド・ツェペシュ(串刺し公)、
あたりです。
女の人もいたのですが…名前が思い出せず…。なんかすごい女の人が2人いたんだよな…。
結局本を読んでも何故人はこれほどまでに惨い事が出来るのか?という答えは出ませんでしたが、
為政者であってもなくても、過去現実に行われていたこのような惨い事を決して繰り返してはいけないし、行われていたという事実は重く受け止め、よりよい人間になるよう私達は前に進んでいかなければならないんだと思います。
人間は進化し続けます。
それが誤った方向で無いよう、常に我々は考えることを辞めてはならない。
大きな事はわからないけれど、
私たち一人一人が出来る小さなことは、
相手の気持ちになって考えてみる、という事なのではないでしょうか。
そうすればきっと、人間は少し優しくなれる。
取り留めもない話になってしまいすみません。
お読みいただきありがとうございました。
PR
空腹
「ねえ、どうしてそんなに食べてるの?」
少女に聞かれ、女は手を止めた。咀嚼したものをごくり、と嚥下する。
「ねえ、どうしてそんなに食べてるの?」
もう一度聞かれ、女は自分の手を見る。そこには、自分が無心に食べていたモノ。いや、掌だけではない。そこかしこに女が食い散らかした残骸が転がっていた。
はて。自分は何故食べ続けているのだったか。
「…食べていないとお腹が空くからだよ」
ボソリと言って女はまた口に運ぶ。がじゅり、がじゅりと耳障りな咀嚼音が響く。
女は常に不安に憑りつかれていた。
食べ続けなければ自分を保てなかった。
不安
不用品
不安
不良品
不安
悪い子
不安
否定
不安
愛Iアイ哀藍
不安
空白
不安
不安
不安
食べている間は不安が薄らぐ気がした。
「ふーん。じゃあ、こっちにくれば良いよ」
と、少女が空を指差すと、そこに扉が現れた。それは女が今まで見たことの無い、まばゆい光を放っていた。
嗚呼
それはなんだ。
見た事も無い。
美味しそうだ。
その扉の向こうには、私を解き放つなにかがありそうだ。
女は持っていたモノを容易く放り投げ歩き出した。
べちゃり。
モノが地面に落ちても見向きもしなかった。
数秒前まであれほど執着の対象だったのに!
女は歩く。少女と。
少女の顔に陰惨な笑みが浮かんでいることにも気付かず、夢遊病のように。
そうして
扉は閉ざされた。
種明かし。
「ねえ、どうしてそんなに食べてるの?」
少女に聞かれ、女は手を止めた。咀嚼したものをごくり、と嚥下する。
「ねえ、どうしてそんなに食べてるの?」
もう一度聞かれ、女は自分の手を見る。そこには、自分が無心に食べていたモノ。いや、掌だけではない。そこかしこに女が食い散らかした残骸が転がっていた。
はて。自分は何故食べ続けているのだったか。
「…食べていないとお腹が空くからだよ」
ボソリと言って女はまた口に運ぶ。がじゅり、がじゅりと耳障りな咀嚼音が響く。
女は常に不安に憑りつかれていた。
食べ続けなければ自分を保てなかった。
不安
不用品
不安
不良品
不安
悪い子
不安
否定
不安
愛Iアイ哀藍
不安
空白
不安
不安
不安
食べている間は不安が薄らぐ気がした。
「ふーん。じゃあ、こっちにくれば良いよ」
と、少女が空を指差すと、そこに扉が現れた。それは女が今まで見たことの無い、まばゆい光を放っていた。
嗚呼
それはなんだ。
見た事も無い。
美味しそうだ。
その扉の向こうには、私を解き放つなにかがありそうだ。
女は持っていたモノを容易く放り投げ歩き出した。
べちゃり。
モノが地面に落ちても見向きもしなかった。
数秒前まであれほど執着の対象だったのに!
女は歩く。少女と。
少女の顔に陰惨な笑みが浮かんでいることにも気付かず、夢遊病のように。
そうして
扉は閉ざされた。
種明かし。
ニーアAが手に入った時の喜びをニーアっぽく書いてみた。
無料がさも当たり前になっている昨今の世の中。
私はそれに違和感を覚えます。
タダより怖いものはない
は既に死語なのだろうか。
無料アプリ、無料ゲーム、無料雑誌。
あとは…思いつかないや。
その無料を創り上げる上で、どれ程の人が労力を割き、尽力をしているか、我々は考えなければならない。
無料は確かに有難い。貧乏人にも手が出せる。
そこに感謝を感じる必要があるのではないだろうか。
無料が当たり前ではないのだ。
それぞれの思想なのでお好きにどうぞ、と思うのですが、
よく基本無料のゲームをやっていると、
無課金でやってます、とでかでかと主張している人が時々いるけれど、
それって恥ずかしくないのかな、と思う。
面白いと感じたものに対価を支払うのを何故渋るのか。
何故無課金を誇れるのか。
お恥ずかしながら私もそうそう課金が出来る生活水準ではないのであんまり出来ていないが、
無料アプリを遊ぶ度に、
このゲームは、私ではない誰かが代わりにお金を払ってくれて成り立っているんだ…なんて有り難いんだろう、と思う。
そして、お金に余裕が出来たら、よりよいゲームになってもらいたくて、大なり小なり課金をする。それは投資だ。制作者への感謝だ。
モノには対価を支払う。
この当たり前がどうして消えていくんだろう。
消えてどんどん馬鹿で愚かで恥知らずで自分の事しか考えない生き物に我々はなっていくのだろうか。
便利は同時に、心の不便を生むことを、我々は念頭に入れておかなければならない。
上手く言葉が纏まらないが、改めて言う。
無料は当たり前ではないのだ。
私はそれに違和感を覚えます。
タダより怖いものはない
は既に死語なのだろうか。
無料アプリ、無料ゲーム、無料雑誌。
あとは…思いつかないや。
その無料を創り上げる上で、どれ程の人が労力を割き、尽力をしているか、我々は考えなければならない。
無料は確かに有難い。貧乏人にも手が出せる。
そこに感謝を感じる必要があるのではないだろうか。
無料が当たり前ではないのだ。
それぞれの思想なのでお好きにどうぞ、と思うのですが、
よく基本無料のゲームをやっていると、
無課金でやってます、とでかでかと主張している人が時々いるけれど、
それって恥ずかしくないのかな、と思う。
面白いと感じたものに対価を支払うのを何故渋るのか。
何故無課金を誇れるのか。
お恥ずかしながら私もそうそう課金が出来る生活水準ではないのであんまり出来ていないが、
無料アプリを遊ぶ度に、
このゲームは、私ではない誰かが代わりにお金を払ってくれて成り立っているんだ…なんて有り難いんだろう、と思う。
そして、お金に余裕が出来たら、よりよいゲームになってもらいたくて、大なり小なり課金をする。それは投資だ。制作者への感謝だ。
モノには対価を支払う。
この当たり前がどうして消えていくんだろう。
消えてどんどん馬鹿で愚かで恥知らずで自分の事しか考えない生き物に我々はなっていくのだろうか。
便利は同時に、心の不便を生むことを、我々は念頭に入れておかなければならない。
上手く言葉が纏まらないが、改めて言う。
無料は当たり前ではないのだ。
愛されたいと思っていた。
そんな自分を踏み潰して生きてきた。
自分が一番可愛い癖に
気が付けばいつも
自分を否定してばかり生きてきた気がします。
私を最も愛さないのは私。
私を最も赦さないのは私。
この習性はもう、終生変わりはしないから。
ぼんやりとうつくしい景色を眺めながら
このまま溶けて消えてしまえたら
卑屈な魂も少しは濯がれるだろうか
と思うよ。
そんな自分を踏み潰して生きてきた。
自分が一番可愛い癖に
気が付けばいつも
自分を否定してばかり生きてきた気がします。
私を最も愛さないのは私。
私を最も赦さないのは私。
この習性はもう、終生変わりはしないから。
ぼんやりとうつくしい景色を眺めながら
このまま溶けて消えてしまえたら
卑屈な魂も少しは濯がれるだろうか
と思うよ。
今回の日記は極めて個人的な話です。
詰まらないです。
管理人。好きなアーティストさんがいて。
その方のCDは97年から欠かさず買っていて、
初めてライブに行ったのが2008年で。
生音聞いて惚れてFCにも入って、
それから参戦可能なライブにはほぼほぼ参戦していました。
元々この方は日本語で詞を書かれていて。
その透明なメロディと、優しかったり、切なかったりする曲が好きだったのですが、
数年前から、専ら歌詞が英語に変わって、
曲調も、透明なメロディから一転、
これぞロック!という骨太サウンドに変わり。
でも、それでも私は好きでした。
ロックナンバーはライブでは最高にアがるし、
日本語詞も歌ってほしいとは正直思いましたが、
このサウンドには寧ろ日本語は合わないなぁと思ったので
これはこれでとても楽しんでいました。
がしかし。
去年出したアルバムから、
私の求めるロックからは、少しずれてきて。
なんというか、歌詞は英語詞なんだけれども、音は今までのザ・ロックではなく
アーティストさんが元々日本語で紡いでいた優しいメロディも交じるようになって。
言ってしまえば
どっち付かずだな、
という印象を私は持ってしまって。
とは言えライブに行けば印象が変わるだろうと思い、去年はライブに行ったのですが、
印象は変わらなくて。
そして今年出したアルバムは
その印象がより顕著で。
うーーん…これは、ちょっと、今までのアルバムの中で私に最も馴染まない。
故に、ライブも蹴りました。
なんというか、英語詞なら、もう、頭ガッツンガッツン殴られて血が出るくらいの激しいサウンドが良いんです。
それ以外のメロディなら、私は日本語で歌ってほしい。
どっち付かずは、退屈なんです。
でも、アーティストさんが音楽に真摯に向かい合っているのは本当に常々感じているので、
嗚呼、私はもう、この人に付いていくのは、ここまでだな、と思います。
ただ、私が変わった。
それだけの事です。
離れるのは少し寂しいですが、今度のアルバムでこの印象が変わらなければ
FCを辞めて、この方の動向を追うのも終わりにしようと思います。
…とかいって、ライブ行ってあっさりファン続けるーとなったら、
それはそれで良しです。
詰まらない話ですみません。
ここ数年感じていたモヤモヤを一度吐き出したくて。
書いたら少しすっきりしました。
詰まらないです。
管理人。好きなアーティストさんがいて。
その方のCDは97年から欠かさず買っていて、
初めてライブに行ったのが2008年で。
生音聞いて惚れてFCにも入って、
それから参戦可能なライブにはほぼほぼ参戦していました。
元々この方は日本語で詞を書かれていて。
その透明なメロディと、優しかったり、切なかったりする曲が好きだったのですが、
数年前から、専ら歌詞が英語に変わって、
曲調も、透明なメロディから一転、
これぞロック!という骨太サウンドに変わり。
でも、それでも私は好きでした。
ロックナンバーはライブでは最高にアがるし、
日本語詞も歌ってほしいとは正直思いましたが、
このサウンドには寧ろ日本語は合わないなぁと思ったので
これはこれでとても楽しんでいました。
がしかし。
去年出したアルバムから、
私の求めるロックからは、少しずれてきて。
なんというか、歌詞は英語詞なんだけれども、音は今までのザ・ロックではなく
アーティストさんが元々日本語で紡いでいた優しいメロディも交じるようになって。
言ってしまえば
どっち付かずだな、
という印象を私は持ってしまって。
とは言えライブに行けば印象が変わるだろうと思い、去年はライブに行ったのですが、
印象は変わらなくて。
そして今年出したアルバムは
その印象がより顕著で。
うーーん…これは、ちょっと、今までのアルバムの中で私に最も馴染まない。
故に、ライブも蹴りました。
なんというか、英語詞なら、もう、頭ガッツンガッツン殴られて血が出るくらいの激しいサウンドが良いんです。
それ以外のメロディなら、私は日本語で歌ってほしい。
どっち付かずは、退屈なんです。
でも、アーティストさんが音楽に真摯に向かい合っているのは本当に常々感じているので、
嗚呼、私はもう、この人に付いていくのは、ここまでだな、と思います。
ただ、私が変わった。
それだけの事です。
離れるのは少し寂しいですが、今度のアルバムでこの印象が変わらなければ
FCを辞めて、この方の動向を追うのも終わりにしようと思います。
…とかいって、ライブ行ってあっさりファン続けるーとなったら、
それはそれで良しです。
詰まらない話ですみません。
ここ数年感じていたモヤモヤを一度吐き出したくて。
書いたら少しすっきりしました。
